最近のトラックバック

最近のコメント

2021年3月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

カウンター


お気に入り

« 2018年10月 | トップページ

2021年3月 5日 (金)

天使論

ようやく、長年あたためていた本を書くことができました。

次の文章は、『天使論』の終わりの方の一部分です。ココログを更新しないと、強制削除されてしまうとのお知らせが来て、やむを得ず記事にしました。興味のある方は、ぜひお読みください。



そして、『天使論』最後のピースです。「最後の」というのは、最終と言う意味ではなく、『天使論』を書く上での締め切りのようなものと受け止めてください。

宗教とは、嘘(フィクション)に命が宿った怪物なのです。イデオロギーも同様の怪物と言えるのかもしれません。どちらも人間によって作られた怪物であり、人類を滅亡へと導く存在なのです。残念ながら、これまでの人類はこの怪物が示す道しか頼りにできなかったわけです。しかし21世紀の人類は、インターネットを通し広く世界を見て学ぶことができるようになり、この怪物を客観視できる能力が開かれてきたのではないでしょうか。

では、この怪物から逃れる方法とは何なのでしょう。それは、自分が(前世においても、そして変わることなく続く来世においても)虚構の存在であることを自覚し、あらゆる次元を(宇宙を)超えた永遠の存在と繋がることで、ゼロから自分を永遠の存在へと創造し直すことにあります。

私はそれを可能とするのが瞑想なのだと考えています。ただ、このことについて私は敢えて断言したくはありません。あくまで「仮説」として語りたいからです。もし、断言してしまったなら、私の語ることも嘘(フィクション)と同じものとなってしまうことでしょう。私のような仮説を持って生きている人は世界中に何人もいるわけですが、そのような考え方が次の世代に誰かに受け継がれて、進化していくべきだと思うのです。このような進化し続けることのできる教えを「口伝(くでん)」と言います。

イエス・キリストは、『新約聖書』を書いた人ではありません。むしろ聖典を作ることを反対したのです。皮肉にもユダヤ教を冒涜した罪で、パリサイ派による判決によって、初代教会(ナザレ派)もしくはエッセネ派から追放されたギリシャ人の改宗者たちがキリスト教を立ち上げたのでした。本来のイエスの教えは「口伝」であった筈なのに、神の言葉と絶対視する聖典となってしまったわけです。

同様に残念なことは、本来「口伝」であった筈の『タルムード』(ヘブライ語限定)が、キリスト教の敵視に対抗してユダヤの聖典となってしまったことです。このようにして、宗教は怪物へと変わっていったのです。

『クルアーン』(アラビア語限定)もムハンマド本人が書いたものではありません。『クルアーン』は本来、単に記憶する書ではなく、ムハンマドに習い、私たちが神から啓示を受けることを学ぶべきものでした。そこのこころを理解していないと、やはり怪物を作り上げることに変わりないのだと思います。

私たちは、瞑想の世界の住人になることで、イエス・キリストやムハンマド、さらにはお釈迦様のような聖者と同様の世界を共有できるわけです。まずは私たちが教えられてきたイエス・キリストやムハンマド、そしてお釈迦様は本物ではないことを知るべきなのです。

宗教とは、嘘(フィクション)に偽りの命が入り込んでしまった怪物と言えるわけです。私たちは、ようやくそう言える時代に今いるわけです。




『天使論』は、こちらから(無料です)  心理オフィス まごころ

« 2018年10月 | トップページ