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2015年7月 5日 (日)

頑張れない現代の風潮

 



前回、「頑張れること」の素晴らしさについて書きましたが、現実問題は、頑張れない人が増えているのではないかと感じています。「頑張れない」「死にたい」という心の方向性があまりに強く、修正が利かず、ついに自殺に至ってしまったケースも少なくありません。

盲人の目を開き、あらゆる病気を治したイエス・キリストも、奇跡を起こす前に必ず、「良くなりたいか」と尋ねます。

そして、「主よ、良くなりたいです」と言えた者に対してのみ奇跡を与えているわけです。

そうなると、「良くなりたい」という気持ちすら失っている場合、キリストの奇跡も起こらないということになります。

このことからも、「頑張れない」という心の方向性は、実に重い病気であると言うことができるのだと思います。

キリスト様も治せない?病気を私が治せるわけもなく、そういう人に対して無力であることは当然といえば当然なのでしょう。

ただ、そうなる前に食い止めることはできないものかと考えるわけです。これを食い止めるための子供の教育を行うことが、教育現場にいる者の使命とも考えています。

と同時に、そういった恐ろしい病に苦しんでいる人たちを支えていくことが社会の役割でもあると思うのです。この病気の恐ろしさは、一見、理解しにくいところがあります。単に怠けているのではないかと思われがちです。しかし、人との交流に難があり、あまりにも幸福感に乏しい状態を見ると、そうは考えられなくなってしまいます。

本人に良くするための力がない場合のことについてもキリストは教えています。それは、周りの人がよく祈り、必ず良くなると信じてあげることです。実は、盲人の目を開いた奇跡においても、その人が主に出会うまで、良くなりたいと長い長い期間、願い努力し続けた信仰があったわけです。つまり継続的な良い習慣の上に成り立った奇跡だったのです。

同様に、本人がダメな場合、周りの人が、継続的に良くなることを信じて、その人を支えてあげるという良い習慣を継続させる時、そこに奇跡が起こるのだと思います。

「継続は力なり」

いずれにしても信仰が問われるわけです。信仰とは、奇跡に出会うためにあるのだと思います。






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