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自己紹介文

佐藤 潤(さとう じゅん)、雅号:奏月 (そうげつ)
岩手県盛岡市生まれ。盛岡市立 仁王小学校1年生の授業において、武蔵京子先生に美術の才能を引き出され、以後、多くの展覧会で入選する(この頃、父のDV暴力による数々のトラウマのため場面緘黙症だった)。10歳の時、スキー事故で左腕の関節を複雑骨折。腕の切断手術はまぬがれるも腕の機能が回復せず、数々のハンデを乗り越える人生を歩みはじめる。中学の時、担任がらみの悪質ないじめに耐え抜く。東京声専音楽学校 中学校音楽教員養成科卒業(盛岡市立下小路中学校で教育実習)。ビリの成績から首席で卒業し「努力賞」受賞。教員免許取得。故・奥田良三(元日伊協会会長)、栗林義信(元二期会会長)の両氏に師事。世界的オペラ歌手故・カルロ・ベルゴンツィー氏公開レッスンの学校代表に選ばれる。同時進行で書道研究を行う。母の佐藤恵翠、故・千田得所の両氏に師事。毎日書道展 入選3回(第44回、第45回、第50回)、日本刻字協会理事長賞受賞(第18回)。30代に入り、演奏活動を封印、約5年間、コンクリート製品製造のハードな肉体労働者となり、精神薄弱者更生施設の園生への職場実習指導員(教師としての才能への目覚め)。退職後、トータル・カウンセリング・スクール カウンセラー養成上級コース修了。同校講師の渡辺裕子女史のサポートにより、カウンセリング活動を開始。42歳で結婚。2007年、故・松田晃(盛岡コメット混声合唱団 常任指揮者)、故・掛川精一の両氏の後押しにより、盛岡芸術祭、岩手芸術祭の声楽演奏会に出演し封印していた演奏活動を再開。以後、教会音楽を中心に活躍。同年ホームページ制作会社を立ち上げるも数年で挫折。2008年5月25日、アニソン歌手の高橋洋子女史との出会いがきっかけで、スピリチュアルな世界に目覚める。また同師のアドバイスにより心臓病で倒れた母から書道教室を引き継ぐことへの後押しと、シュタイナー教育を学ぶきっかけを得る。2013年9月22日、東京賢治シュタイナー学校創設者の故・鳥山敏子女史最後の講演の受講者となり個人的アドバイスも受け、以後、同氏の記録DVDに学ぶようになる。一時経営不振に陥り、約2年間(2冬)新聞配達を副業とする。2014年7月~菊池澄子女史の協力により、オイリュトミーとフォルメンの授業を導入し、「シュタイナー塾」を開始。その後、『奇跡のコース』、マクドナルド・ベイン、J.クリシュナムルティの文献に多くのインスピレーションを得る。約3年間、両親同時介護が続く(2016年1月父死去)。現在では、シュタイナー教育に限定せずに幅広い教育理論を採用した教育システムの研究に取り組んでいる。またカウンセリングの研究にも意欲的に取り組んでいる。